六点漢字の自叙伝(33)


六点漢字の自叙伝(第33回)1999年7月、通巻第199号

開発された3種類の六点漢字ワープロ

 昭和59年に相次いで六点漢字による3種類の音声ワープロ(AOK88、エポックライ ターおんくん、中田ワープロ)が開発された。

ここでは文字数の関係で「中田ワープロ」を次号に残し、「AOK88日本語ワープロ」 と「エポックライターおんくん」を紹介する。

 学校の年度末も近い、昭和59年3月のことである。

高知県立盲学校の北川紀幸(キ タガワ モトユキ)氏が、同校の職員とともに、附属盲学校へ音声ワープロのソフト を持って訪ねて来られた。

 それ以前に私は、高知盲学校で音声ワープロ開発の計画があるということを知り、 ワープロソフト開発のために必要な資料を、高知盲学校に送っておいた。

その開発 が、意外に速く実現されたのである。

 北川氏が、2枚の5インチフロッピーディスクを入れて、PC-8801を立ち上げると、 約3分ほどしてワープロが書ける状態になった。

 この立ち上げ時間を長いと思うかもしれないが、CPUがまだ8ビットの時代で は、これが普通だった。

 音声装置は、亜土(アド)電子工業のSSY-02である。

 現在の発達した合成音声に比べれば、それは非常に劣るものであった。

しかし、 当時としては、とにかく画面の文字を1文字ずつ確認するためには、これに頼るよ りほかなく、この音声装置は貴重なものであった。

 音声は、平仮名と片仮名、および算用数字と漢数字を音の高低などで区別し た。

 また、漢字の1字ずつの読み分けは、いわゆる六点漢字の「音訓読み」であった。

 音訓読みとは、たとえば「学校」という漢字の「学」を音声で表現する場合、音 読みである「ガク」と、訓読みの「まなぶ」の先頭のカナ1文字を合わせ「ガクマ」 と発音 する。

 しかし、「学校」の「校」の場合は訓がないので、その部首である「きへん(木)」 を「き」として「こうき」のように表現したものを発音する。

 このようにして、点字でも、音声でも、漢字1字ずつを共通に同じ方式で識別す るものである。

 六点漢字体系は、点字における漢字を、日本点字表記法のカナ点字体系とできる だけ矛盾なく組み立てるように工夫した漢字を含む点字体系である。

 これは、世界に共通な、ルイ・ブライユによる六点式点字で、漢字を含む墨字の 1字1字に対応させることができる。

 だから、「カナ→漢字変換」を用いず、ワープロで直接点字キーにより墨字を書 くことができる。

 また、六点漢字を用いた、原文の文字に忠実な自動点訳もできるのである。

 こうしてPC-8801による「AOK88日本語ワープロ」は、高知県立盲学校ワープロ研 究会から発売された。

 もちろん、利益無しであるが、コピー禁止のためパソコン本体のスロットには、 ボードを入れて用いた。

 高知盲学校で開発された音声ワープロは、「AOK日本語ワープロ」と呼ばれた。

 「AOK」とは開発者の頭文字である。

 「A」は有光勲(アリミツ・イサオ)氏、「O」は大田博志氏、 「K」は北川紀幸氏である。

 また、この名前には、「日本語 "all ok"」という「A、O、K」の願いも込めら れていたと聞く。

 この連載の第18回で述べた通り、北川氏は平成10年2月9日に亡くなられた。

 氏はAOKワープロシリーズにおいて、詳細読み辞書を充実し、またシステムの 発展に大きく寄与された方である。

 先生はAOKワープロを通して、「視覚障害者に日本語を書くという喜びを与え、 また、生活と職業に重要なシステムを与えた功績も大きい」と、私は絶賛したい。

 このAOK88に関して、当時東京理科大学の学生であった石山徹(トオル)氏の功績も こ こに記したい。

 彼はすでに紹介した村井和雅(ムライ カズマサ)氏の後輩で、私のところへ何 かと技術的援助に来ていた。

 そして、AOK88を巧みに改良し、「ポスター文字」、「浮き出し文字」を書 けるようにした。

 ここで、まずポスター文字について説明する。

 NEC PC−8801のディスプレイの文字は、縦と横が16の点の集合で構成さ れている。

 この非常に小さい各点をプリンターの黒い丸印などの1文字に対応させて、画面 の文字を印刷する。

すると、1文字が縦横20cmほどの大きさで印刷される。

 これを立体コピー機の用紙に印刷し、同コピー機付属の加熱機に掛けると、触覚 で触れられる文字になる。

 私はこの触覚文字を、山梨県立盲学校で開かれた理療科研究会で発表したこ とがある。

 またその頃、附属盲学校が、「英検」と呼ばれる全国的な「実用英語検定試験」 の点字による受験会場になっていた。

 その際、私は同僚の試験担当責任の岩田保教員に頼まれて、校門に貼る会場案内 の看板を、このポスター文字で書いたことがある。

 全盲の私に、ポスターを書くように依頼してくれたことが何よりうれしかった。

 今ならWindows上などのワープロソフトで簡単に、きれいな大きな文字が書ける。

 しかし、当時は、大きさの固定された半角・全角文字の時代で、このポスター文 字は面白いアイディアであった。

 もう一つの浮き出し文字は、ポスター文字と同様に、ディスプレイの文字の各点 を、点字プリンターの各ピンに対応させ、点字の凸点による触覚でわかる墨字の 形を印刷する方法である。

 1文字が、約4cmの浮き出た点線文字になる。

 私は、墨字の形を確認するのに、この浮き出し文字印刷をよく利用した。

 この浮き出し印刷については、昭和61年発売のAOK98のソフトに加えられている。

 以上のポスター文字、点線浮き出し文字は、私のアイディアを石山徹氏に実現し てもらったものである。

 AOK88が開発され、私に届けられた昭和59年3月、丁度その頃、日本盲人職能開発 センターは、「エポックライターおんくん」という、もう一つの六点漢字によるワー プロを開発した。

 このワープロは、NECから新発売されたCPUが16ビットのパソコン、PC-98シ リーズが使われていた。

 それまでの8ビットパソコンは、いかにも処理速度が遅いので高速な16ビットパ ソ コンの発売が待望されていたのだ。

 この時点で初代のPC-9801と9801F、9801Eが既に発売されていた。

 こちらも漢字を音声で読み分ける方法は「音訓読み」であった。

 AOK88が点字キー式で入力するのに対し、この「エポックライターおんくん」の特 徴は、フルキーで六点漢字を直接入力できることであった。

 視覚障害者用ワープロとしては、この両者が必要であった。

 このフルキーによる六点漢字入力方式の開発は、現在、ニューブレイルシステム の社長である、星加恒夫氏の15年前のアイディアである。

彼の方法は、シフトキーとカナキーとの組み合わせで、六点漢字の第1マスの「漢 字符」 を入力するものである。

 漢字符とは、その後の2マスまたは3マスが六点漢字を表わす符号であることを 示すための前置符号である。

 星加氏の方法は、同センターや、そこで訓練を受けてから就職した人などの間で、 今でも盛んに使われている。

 また、現在のWindows環境で使えるソフトも開発され、新しいソフトも追加されつ つある。

 日本盲人職能開発センターは、日本盲人カナタイプ協会から発展した組織である。

 そのカナタイプのタイピング技術の延長線上に、このフルキーによる漢字の入力 方式が開発されたと言えよう。

 昭和60年6月のことである。

日本盲人職能開発センターを会場に、「パソコン・ ワープロ'85」という催しがあった。(文月会の視覚障害保障機器研究委員会主催)

 これは、その名前の通り、1985年におけるワープロ、パソコンなどの展示会 であり、シンポジウムも行なわれた。

 この時、AOKの有光氏が開発されたばかりの「カナ漢字変換辞書」のついたAO K88を持って来て、それを初めて会場で実演した。

 これは極めて画期的なことであった。

 私が知る限りでは、視覚障害者用の点字キー式ワープロでカナ漢字変換辞書がつ いたのはこれが初めてであった。

 これにより、視覚障害者の利用者は必ずしも六点漢字を知らなくても、カナ漢字 変換でワープロを利用して墨字が書けるようになった。

 しかし、各漢字の音声による表現は、まだ「詳細読み」でなく、「音訓読み」だ けであった。

 カナ漢字変換辞書が付いたAOK88は、盲学校などを中心に300システム程度普及し たと聞いている。

    (六点漢字協会会長/長谷川貞夫)

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